さよならキッド

最期を看取る気分

ソースネクストのPaintgraphic。スクリーンショットを見た人は一発で分かるだろうけど、こりゃThe Graphics[ペイント]のパッケージ替えです。そしてそのThe Graphics[ペイント]もHYPER KiDのパッケージ替え。4年前のソフトを一体何回売るつもりなんだ。こうして死に体のソフトウェアの権利がどんどん投げ売りされていくのは、一ファンとして・現ユーザーとして悲哀を感じずにはいられませんな。

ちょうど良い機会ですので、この廉価ソフト・Paintgraphicにまつわるドラマチック(?)な歴史を、僕の知っている&改めて調べた範囲で書き留めておきたいと思います。機能についてはねこら氏によるHYPER KiDレビューをどうぞ。

古代のキッド

昔々、ZEITという会社(1997年に倒産。「ガロ」で知られる青林堂の関連会社だったらしい。これはこれで面白そうな話だけど、今日はソフトの方の話だけ。)の「Z's STAFFジーズスタッフ」というお絵描きツールがあり、これにはSHARPのX68000(X68K)上で動く「Z's STAFF Pro68K」とNECのPC-98(PC98ではなく、PC-9801/21)のMS-DOS上で動く「Z's STAFF KID98」の2バージョンがありました。FM TOWNS用の「Z's STAFF Pro TOWNS」というものもあったそうです。KID」とは、Proではない普及版という意味ですね。今で言えば「Photoshop Elements」みたいなものでしょう。

前者はProの名の通り高機能だったそうですが、ハードの方が衰退してしまったので姿を消してしまいました。一方、PC-98は大いに栄えたので「Z's STAFF KID98」は生き残りました。Pro版が消えてしまったことで、「Proに対する普及版のKID」ではなく「KIDという名前のソフトウェア」として(勘違いもあったのでしょうけど)扱われるようになりました。「キッド」シリーズ誕生の瞬間です。このKID98は、Ver.3.0まで出続けたようです。

Widows 3.1の時代になると、KID98の後を継ぐ形で「Super KIDスーパーキッド」(34000円)が発売されました。開発元はZEIT、発売元はアスキーサムシンググッド。これもそれなりに支持を得ていたようです。

ちなみに、この当時は市川ソフトラボラトリー「デイジーアート」(ライト版9800円、高機能版38000円。TNCコンピュータシステム販売のMS-DOS用ソフト「まるぱ」(38000円)のWindows版)、ニュース「マルチペイント」(フリーウェア「似非キース」の商用版。14800円)、など、国産のペイントツール戦国時代と言っていい状況だったようです。Super KIDも含めて高価格なツールが目立ちますが、この頃はまだ「パソコン」自体があまり一般的でなく、アプリケーションの価格も平均してこのくらいはしていたようです。ちなみにPhotoshopはこの頃からずっと変わらず15万円です(タマゴの値段みたいだ……)。

ところが、Windows 95が発売された頃に他社がWindows 95用のバージョン(Win32版)を次々と発表していく中、このSuper KIDはWin32版がなかなか出ませんでした。これがシリーズの最初の衰退を決定付けます。「桐」などと同じく、Windows 95乗り遅れ組ってことになるんですかね。最終的にWindows 95用「Super KID95」まではリリースされましたが、Windows 95乗り遅れが致命的打撃になっていたのか、ZEITは倒産(Super KIDの販売とサポートはアスキーサムシンググッドが引き継いだ)。Z's STAFF KIDシリーズの命脈はここで途切れることとなります。

近代のキッド

時は流れて、唐突に「ウルトラキッド」の登場です。発売元は同じくアスキーサムシンググッド、開発元はファンファーレ。ブランド名だけ引き継いだという感じ……というか事実その通りで、Super KIDと比べると中身は別物。Super KIDの画像を読み込めないなんて間抜けな仕様が「ああ商売上の理由で名前だけ引き継いだんだなあ」という印象を一層強めてくれます。

しかしながら、ウルトラキッドが発売された頃は同価格帯(1万円台)の廉価グラフィックツールというとJascの「Paint Shop Pro」とAdobeの「Photo Deluxe」くらいしかなくて(その他のツールのファンの方ごめんなさい)、無限アンドゥや階層化レイヤなどの機能でウルトラキッドは一歩抜きん出ていました。当時、ウルトラキッドは間違いなくお勧めのお絵描きツールだったと言えます。実際、ユーザーもそれなりに多かったようですね。

ウルトラキッドの定価は14800円。Windows 3.1時代のアプリケーション群の物価から比べるとグッと値段が下がっているように思えますが、これはWindows 95の爆発的な普及で個人ユーザー対象のアプリケーションの物価が3万〜4万円前後から2万円以下にまで下がったためです。

やがてアスキーサムシンググッドはアイフォーに社名を変更。そしてこの頃、ウルトラキッドがそこそこ成功したのか、味を占めた彼らはその勢いでプロユースの市場に殴り込みをかけることにしました。それが「Fanfare Photographerファンファーレ フォトグラファー」。CMYKモードやEPS出力、Photoshopフィルタプラグイン対応など、品質はともかく(いや、ウルトラキッドの頃からバグがホントに多かったんですよ……)機能的には結構なレベルです。実際、僕のマシンでは今もなおコイツが現役だったりします。しかし、値段までプロユース級の38000円にしたのが相当マズかったのか、商売的には極めてサッパリだったようです。いつか出すと言っていた新バージョンも結局は出さずじまいでした。やれやれですね。

ちなみに、当時この価格帯のツールにはMicrografx Picture Publisher」、「Corel DRAW」、そして「Painter」などがありました。そうそうたる顔ぶれですね。これらに分け入ろうとしたのですから、ずいぶんと無茶な野望を抱いたものです。(デイジーアートもこの価格帯に属するんでしょうか)

この大敗の反省からか、1万円台の低価格帯に立ち返ってリリースされたのが「HYPER KiDハイパーキッドインターネットパック」。印刷関係の機能を削り、PSDの書き出しにも対応した、ウルトラキッドのVer.3.0です。

しかし……既に時代は変わっていました。AdobeがPhoto Deluxeよりはるかに高機能なPhotoshop LE 5.0(現在のPhotoshop Elementsの前身)を1万円台の低価格帯でリリースしたのです。PhotoshopLEは機能的には一線の低価格帯ツールに劣る製品ではありましたが、Adobeはそのブランド力で、低価格帯ツールのユーザー層をかっさらっていきました。おそらく他のツールも甚大な被害を被ったことでしょう。

そして、これが決定打になったのか、キッドシリーズはもはや開発を完全に終了され、ソフトウェア的に終焉を迎えることになりました。それを証明するかのように、2年後の2002年に発売されたThe Graphics[ペイント]はバグフィックスや新機能などは含まれておらず、HYPER KiDからWeb用ギャラリーページ作成機能を取り除いただけというほとんど単なる「パッケージ替え」でした。この「前科」を考えると、2004年発売のPaintgraphicもおそらくは同じ仕様だと思われます。

そして、現代

前時代のキッド……Super KIDまでのバージョンはKID98を少し触ったことがある程度なのでよく知りませんが、ウルトラキッド以降のオールインワンツールボックスなどのインターフェースは正直なところ良くできていると思います。メニューの分類(明るさ調整とぼかしなんて、初心者ユーザーが素直に考えれば、どっちも「フィルタ」メニュー内でいいでしょう?)や、Windows準拠のインターフェース(PhotoshopなどはWindows上でもMac流のインターフェースを採用している)など、初心者が混乱しない・分かりやすいよう作られているのは評価すべきポイントでしょう。まあ、単に「使いやすいインターフェース」をゼロから作る労力を省いただけかもしれませんが。

ソースネクストといえばフリーウェア級のものに値札を付けて打っているヤクザな会社というイメージがあると思いますが、Paintgraphicの出自はこういうことなので、少なくともこのソフトについては買って損はしないと思います。何せ元が1万円台のツールですし、出た当時「Photoshop 4.0のコピー」とまで言われた多機能さは伊達ではありません。ちょっとした写真編集や、子供のお絵描き、学生さんの趣味でのイラスト制作なんかを始めるのにまさにもってこいですし、そのままステップアップしても結構使い続けられますから、なかなかお買い得と言えるでしょう。

値段の割に高機能。これからCGを始めようという方は、選択肢の一つとして検討してみるのもいいかもしれませんね。

関連リンク

Zeitの軌跡 〜JG Z'sSTAFF〜
Z's STAFFと並んでZeitの主力商品であったという、DTPソフトの「JG」にまつわるZeitの顛末。Zeitと青林堂との関係についても詳しく書かれている。