部屋に入ったとき、ディスプレイの上に飾っていたガンダムが外からの光でシルエット状に見えた。その瞬間、僕は戦慄した。……みんな同じ角度で脚開いてるよ……
カトキ立ち。拳を軽く握り、脚を開き力強く大地を踏みしめ、堂々と胸を張って立つポーズ。大河原邦男の描く設定画のメカが脚を閉じてすっくと立っている(俗に「クニオ立ち」「ガワラ立ち」と呼ばれるようだ)のに対し、カトキハジメの描く設定画のメカがほぼ例外なくこのポーズを取っているが故に、そう呼ばれる立ち方である(足の正面と側面を同時に描けるからこのポーズになっている、という話もある)。バーチャロンのテムジンあたりを見てもらえば、どんなものかはすぐわかるはずだ。下手にポーズを取らせるよりも格好良く見え、しかもポーズを取らせるより場所を取らず(そりゃ、突っ立ってるだけだからなあ)、それゆえに猫も杓子もカトキ立ち。デモンベインもカトキ立ち。エロゲヒロインもホイホイさんもカトキ立ちである。
カトキ立ちでないメカにカトキ立ちをさせると(あるいは、カトキ立ちのメカにカトキ立ち以外の立ち方をさせると)どう見えるかについては、糞ボルト氏による数々のイラストが良い資料である。GUNGAL FIXなど、あのガンガルが思わず欲しくなってきてしまうほどであるから不思議だ。
そんなカトキ立ちであるが、一般に「大股開き」という印象が強いにもかかわらず、実はただただ脚を大きく開けばいいというものではない。その辺はカトキハジメ本人も自覚しているようで、HGUC開発時のGP03S画稿ではOVA発表当時のGP03Sよりも開き方がおとなしいのはツッコんではいけない所かもしれない。では、どのくらい開くのが最適なのか? というか、僕はどのくらいの角度で脚を開いているのが好きなのだろうか? 無意識のうちにウチのガンダム達に皆似たような角度で脚を開かせていたのに気づき戦慄した僕は、そこンとこを検証してみることにした次第である。だが、その結論があんな方向に決着するとは、この時点で誰が予想し得ただろうか……
調査に当たって、計測器具を用意してみた。これをガンダムの一方の脚に沿わせ、もう一本の割り箸をもう片方の脚に沿わせれば、脚の開きを容易に測定できるというスグレモノである。
以上、7体。平均は36.8°(約37°)だった。そうか、僕は37°萌えだったのか! ………な、なんだってー?!
僕は37°萌えだった……あんまりといえばあんまりな結論なので、本当にそうなのかをアオシマの中華キャノンで実験してみることにした。これでもし37°に萌えるようなら真性だろう。
……37°で萌えてしまった……だめだ、末期だ……この事実は覆せないのか……
37°萌えというイタすぎなレッテルを自ら作ってしまったことに脱力しながら、しかし何か法則性は無いのだろうかと思いながらなんとなしに画像をいじっていて…………はッ!! 諸君……俺達は大変な思い違いをしていたようだ。これを見てみろ! この二つの三角形は相似形になっているじゃあないかッ!!! な、なんだっ(以下略)
早速、他の写真についても調べてみた。すると! みな二つの三角形が相似になっているではないか!(かなり適当に描いたので、多少歪んではいるが) そしてデモンベイン立体化計画の中にあった正面図も……! それに対して、カッコ悪く見えた方の写真にはそういう特徴がみられなかった。
この理屈が正しいとすれば、肩幅のやたら広いEx-Sだけが平均よりも脚を大きく開いていたのにも説明が付くのではないだろうか? それっぽく分析してみるなら、二つの三角形が相似――つまり肩から接地面への線と足首から正中線への線が平行ならば、いかにも両肩から身体にかかる荷重をきっちり受け止めて大地を踏みしめているように見え、それが力強さを感じさせる……ということなのではなかろうか。つまり! 重要だったのは角度ではなく、バランスだったんだよッ!! な、なん(以下略)
設定画でも検証してみよう。以下は、GP03Sの新旧二つの設定画において、二つの三角形を描き、上方の三角形を上下反転して下方の三角形に重ね合わせてみたものだ。
ちなみに、一般的な「リアルタイプ」の体型の場合、この時の足の開き幅は肩幅にほぼ等しくなる。いわゆる「休め」のポーズと同じだ。小難しいことを抜きにすれば、カトキ立ちをかっこよくキメたければとりあえず肩幅に足を開いとけという風に結論づけられるだろう。
この仮説をまとめると、以下のようになる。
「人型ロボットの立体物」でのカトキ立ちの脚の開き方において、「最適角」と呼べる絶対的な角度は存在しないが、最適なバランスとなる角度は存在する。立体物において「カトキ立ち」が好まれるのは、そのポーズが力学的にバランスの良い姿だからである。
仮にモデルをガンダムSEEDの300円キットとほぼ同じ仕様(関節が両肩と股間にしかない)として考えれば、肩幅をx、肩の頂点の高さから股関節軸までをy、股関節軸から足の先までをz、脚を開く角度を2θ(片方の脚につきθ)とおくと、これらの関係は(x/2sinθ)=(y/cosθ)+z である(途中の式)。
また、掲示板におけるよっしー氏の言及通りに「肩幅=足の開き幅」と単純に仮定するなら、 (x/2)/z = sinθ
, x/2z = sinθ ∴ θ = Sin^-1(x/2z)
の式が成り立ち、もっと簡単に計算できる。
上記のような仮説を立てた所、「ははは、あなた方は想像力が豊かすぎるようですなあ」と言ったか言わなかったかは知らないが、シャア専用ポータルなどにおいて反論があった。曰く、大河原邦男のイラストでも足の開き幅は肩幅と同じではないか、と。な、(以下略) そうとあっては黙っちゃいられない。まずは仮説の考え方に従って反論を試みてみようではないか。
先のGP03Sの設定画は消失点が画面の左外側にあるパース画だが、大河原氏のイラストは消失点を画面の上に取ったパース画なので、画像の上で縦に線を引いてまっすぐだからといって足の開き幅と肩幅が同じだとは言えない。実際に図でみれば明らかだろう。以下は、某所で「検証」として描かれていた単純な長方形と、パースを考慮に入れた台形、ならびに、前述の写真で使用した二つの三角形を、プロトタイプガンダムの設定画に重ねたものだ。上記仮説に基づいて考える場合、「カトキ立ち」に関しての検証ではパースのことを考慮しなければならない事に注意が必要なのだ。
というわけで反論に対する反論終了。ふう、びっくりさせるなよキバヤ(以下略)
しかし、この反論に対するさらなる反論が出た。平面構成上、全体のシルエットが長方形の枠にきれいに収まるから落ち着きが良いように見えるだけではないのか、というのである。ど、どういう事なんだキバ(略)
図を交えて解説しよう。人型メカを胴と脚だけに単純化した模式図で例を示そう。以下は、脚の開き角が0°の場合を見下ろし気味・水平近く・見上げ気味の3つの視点から描いたものだ。長方形のフレームを描いてみると、いかにも絵面的に「収まりが悪い」ことがわかるだろう。そこで、「収まりがよく」なるようにそれぞれ適切な角度まで脚を動かしてみる。この「見下ろし気味」の図が平面における「カトキ立ち」であり、「見上げ気味」の図が「ガワラ立ち」なのだ。つまり、一枚の「画」として考えた場合、カトキ立ちとガワラ立ちの間に優劣はないということになる。
ちょっと待てキ(略)! ガワラ立ち・カトキ立ちの間に優劣がないのなら、何故世のイラストや人型模型の多くはガワラ立ちよりもいわゆるカトキ立ちをしているケースの方が多いんだ(少なくとも僕にはそう思える)?
シャア専用ポータル氏(便宜的にこう呼ばせて頂く)はこの点について、大河原邦男(の世代)とカトキハジメ(の世代)の間にメカに対する考え方の違いがあるのではないかと指摘した。
ガンダムを単なる人型ロボットと考えるカトキハジメらの世代は見下ろし気味の視点で絵を描くのに対し、ガンダムを人間ドラマにおける小道具と考える大河原邦男らの世代はあくまで、人間の視点で巨大ロボットを見上げたときの視点で絵を描く。映像作品・人間ドラマとしてガンダムを愛好するコアなファンは小道具としてのガンダム・巨大ロボットとしてのガンダムに憧れ、それ故に「ガワラ立ち」を好む。それに対して、現在のガンダムビジネスはその大部分が、映像よりも玩具・模型によって成り立っており、かっこいい形のロボット・手にとって遊べる玩具・あるいは模型素材としてのガンダムを求めるユーザーは、実際にガンプラを自分が眺める時の姿に近い「カトキ立ち」を好む。玩具・模型のニーズの方が大きい以上、それらのケースに適した「かっこいいガンダムの画」の方がもてはやされる、それ故にガンダムの立体物は「カトキ立ち」をしているのである。――これが、ガンダムファンの世代の違いと現在のガンダムビジネスから考えられる、「カトキ立ち」が好まれる理由だ。
※カトキハジメがガンダムを軽く見ているということではない。重要なのは人間に着目しているかガンダムに着目しているかという違い(だから、氏は画集「GUNDAM FIX」などで「現実の風景の中のガンダム」も描いている)。それと、最近のカトキ画稿にはGFFのフォーマットのような「カトキ立ちのガンダムを見上げる」視点のものが多くなってきていることも付け加えておきたい。
余談になるが。人間ドラマよりもメカ描写・玩具・模型の方に強い興味を持つ世代、そしてその代表とも言えるカトキハジメ(本人の考えはどうか知らないが、現在のガンダムビジネスを体現している存在である以上、そう言って差し支えないだろう)が、人間ドラマを愛好するコアファンから揶揄されがちなのは、人間ドラマのように難解なものの方が、「かっこいいロボット同士の戦い」よりよほど高尚だからからなのではないだろうか。ガンダムビジネスがそういうミーハーによって支えられているのだという事実は、コアなファンにとっては耐えられない事なのかもしれない。
閑話休題。つまり、イラストにおいても見上げる視点主体のガワラ立ちよりも見下ろす視点主体のカトキ立ちがもてはやされる理由は、現在のガンダムビジネスが、巨大ロボットのガンダムを見上げるユーザーよりもガンダムの玩具・模型を見下ろすユーザーにより支えられているからだと考えられる――これが、ここでの議論から導き出せる結論である。
なーんだ、カトキ立ちが流行ってるのは単に商業的な理由だったのか! これで一件落着だな! ……だが、何だろう、この胸騒ぎは……おれ達はまだ大事なことを見落としてるんじゃないだろうか……
と、そこにイプシロン氏による言及が。大変なことを発見した、カトキ立ちの秘密は力学と商業的理由だけじゃなかったんだよ、と言ったか言わなかったかはさておき、氏はこう指摘したのだ。カトキハジメの絵は驚くほど黄金比のカタマリじゃないか!
人間がものを見るとき、一定の法則性があるものに対しては普遍的に美しいと感じる。これを黄金分割、黄金比、黄金律などと呼び、実際の生活においても、郵便葉書やA4の用紙の縦横の長さの比などに利用されている。何を隠そう、このサイトも、2003年12月現在の「Limited」スタイルでは左の余白部分と右の文字部分との比に黄金分割を利用しているのだ。
この法則性はフィボナッチ級数などの形で数学的に表すことができ、実際の計算した黄金比の数式は、(1+√5)÷2≒1.618である。簡単に言えば、1:1.618の比に基づくもの、38%と62%に分割したものは美しく見えるということだ。
この黄金比を人型ロボットの全身の形状・大きさを考慮した上で組み合わせて氏が完成させたのが、以下のテンプレートである。なお、このテンプレートにおける脚の開き角――黄金比的に最も美しく見える脚の開き角は、氏の計算によると ATAN(0.5÷1.618)×180÷π×2≒34.3° だという。
ここまで来れば実験あるのみ、ということで実際に「カトキ立ち」と「ガワラ立ち」のそれぞれの絵を先のテンプレートと重ね合わせてみた。
こうして改めて見てみると、さすがにプロの絵だけあっていずれも恐ろしいくらいに黄金比と符合している。しかし! よく見てみろ、大河原邦男のイラストが主に水平・垂直の線で黄金比に符合しているのに対し、カトキハジメのイラストは斜めの線に対してまでも黄金比と強く符合しているじゃあないか! な(以下略) ――これはつまり、カトキハジメのイラスト・カトキ立ちをしている姿の人型ロボットの方がより黄金比に符合しており、「人間の目に美しく感じられる」要素を多く含んでいることの証左と言えよう。
先ほど、黄金比的には脚の開きは34°が美しく見えると書いた。しかし、前半の立体物の実測結果はこれよりも大きな角度になっていた(35°〜40°、平均37°)。この差は一体何なのだろうか? 我々(誰)は、これは立体物を見るときの角度の差によるものではないかと推測している。
立体物は一般的に、正面よりもやや斜めから見たときの方が情報量が多くなる。カトキハジメもインタビューで語っている通り、一枚の絵になるべく多くの情報を詰め込むには、言い替えれば、その物体の魅力を一枚の絵の中に最大限詰め込むには、斜めから見るのが最適だ。我々がガンプラなどを眺めるときも、やはり斜めから見たときが一番情報量が多く、格好良く見える。この情報量が多くなる斜めの角度から見たときに黄金比に則った角度(34°)に見える脚の開きの角度が、正面から計測したときには37°前後になるのではないか――というのがここで提唱する仮説である。
参考までに、再び中華キャノンに登場してもらい、具体的な角度を計算してみよう。ただし、これは計算を簡単にするために脚の前後方向への傾きを0と仮定しているので、腰を前に突き出したり脚を軽く曲げたりする実際のカトキ立ちでは、多少異なる角度になるかもしれない。また、対象のデザインによってもこの角度は変わるだろう。Ex-Sの脚の開きが他より大きかったのは、顔周辺・頭部などが前後に長く、正面寄りよりも真横に近い斜めから見た方が形状を捉えやすく見栄えがするデザインだからではないかと僕は推測する。
つまり、いわゆるカトキ立ちは、上記の3つの理由から我々の心をガッツリ捉えて放さないのである。なんてことだ……キ(略)、こんなに格好良く見える理由が揃ってるんじゃあ、おれ達はもうカトキ立ちの呪縛から逃れられないっていうのか!? 残念だが、手遅れだ…… ここはもう、諦めてキミもカトキ立ちしとくしかないんでないか?(謎)
今回は僕の手元の立体物といくつかのオフィシャル設定画でのみの調査だったが、機会があれば他の人の手元の「カトキ立ちガンダム」達についても調査をしてみたい所である。必ずや、この理論を裏付けるデータを得ることができるであろう(根拠のない断定)。
カトキ立ちの脚の開き方は、ロジックに基づいていた。また、カトキ立ちが格好良く見えるのには合理的な理由があった。こうしてこの世にまた一つ、新たなトリビアが誕生した……のか?
※僕は数学・物理共に落第点の文系人間であり、ここに掲載した情報の多くはいいかげんな計算や気分での記述に基づいていたりしますので、これらの情報を鵜呑みにして損害を被った場合、当方は一切知ったこっちゃありません。
この調査報告書(違)を公開してから2ヵ月後、驚くべき事実が明らかになった。なんと、歴史上の人物もカトキ立ちをしていたのである。サッカーシューズを注文したことで知られるイングランド国王・ヘンリー8世の肖像をご覧頂けば、もはや言葉は不要だろう。
16世紀以前から我々の心を掴み連綿と受け継がれてきた伝統のカリスマポーズ、カトキ立ち。宇宙世紀が現実のものとなるその日まで、是非とも語り継いでいきたいものである。(←電波もほどほどにせい)